それゆけ!ミナキューピッド

 いやはや、まさか私がこんな大役を担うことになるなんて、どこの誰が予期できたことだろうか。
 今し方かかってきた電話の向こうで、発信者の紡ぐ弾んだ言葉たちに、私は、自分がいかに重大なことを成し遂げたのか、思い知ってしまったのだ。
「それで、彼女が言うには……」
 マツバと私は古いつきあいだが、こんなふうに、ある特定の人物について楽しそうに語る彼は、私の知っている彼ではなかった。かつての彼は、私がスイクンを追い求めるのとほぼ同じように、時間があればホウオウに想いを馳せているような、そんな男であったはずだ。
 それが、今やどうしたことだろう。
「おまえも饒舌になったな……」
「え? なんだい、いきなり?」
「なんだか、女性と話している気分だぜ」
「それは女性に対して失礼じゃないかな、ミナキくん」
 言い過ぎなものか。こんなふうに、飽きもせず色恋めいた話題を嬉々として語るのは、私の知る限り、女性によく見られる習性であるはずだ。
「……なぁ、さっき、彼女とは毎週電話してるって言ったよな」
「ああ、言ったとも」
「正直、負担になっていないか? おまえも色々と忙しい身だろう」
「そんな、負担だなんて! 彼女と話すと、むしろ疲れが取れるくらいだよ。連絡を取るのは、比較的ぼくが時間を作りやすい火曜の夜にしているし」
 ははあ。どうりで、マツバがひまであるはずの時間に電話をかけても、最近は反応がないわけだ。
 いやしかし、本当によくもまぁ、ナマエさんはやってくれたものだ。マツバは私と同じ人種であると認識していたが、今や彼は、すっかり彼女の香りを身に纏っているように感じられる。
「きみには感謝しているんだよ、ミナキくん。きみの紹介がなかったら、彼女と出会うことはなかっただろうからね」
「おまえの小難しい話に興味を持った、モノ好きな友人の願いを叶えてやったまでさ」
 そう。私はなにも、マツバのためを思って彼女を紹介したわけではないのだ。ただ単に、マツバに興味を持ったあの変わり者の女性と、ことあるごとに電話でこの男の話をするのが、煩わしかっただけなのだ。いっそ引き合わせてやったほうが、自分にとっても好都合だと思っただけの話なのである。
 ――それがまさか、自分の首をさらに絞めることになるなんて、あのときの私は予想だにしていなかったわけだが。
「さて、マツバ。私はそろそろ休もうと思う」
「ああ、もうそんな時間なのか。いつもすまないね、長い時間つきあわせてしまって」
「気にするな」
 ――とは言いつつ、さすがに、私もそろそろ相槌のバリエーションがなくなってきたことを苦しく思っている。
「彼女の話ができるのは、きみだけなんだ」
「ああ、わかってる」
 当人同士で、お互いについて語り合ったらよいのでは――と思うのは、私だけなのだろうか。
「また連絡するよ」
「ああ……それじゃあな」
 もはやすっかり聞き慣れてしまった電子音を残し、通話は切断された。
 そうだな、さしずめ明後日にでも、私はきっと、似たような話題に耳を傾けなければいけなくなるのだろう。
 言い表しようのない複雑な思いを胸に、私は一日に終止符を打った。

 マツバと通話をした月曜日が終わると、足早に火曜日がやってきた。私のポケギアが鳴ることはなかった。
 そして本日、水曜日。私はいつものように、月が明るく輝くまで、スイクンについての書物を読んでいた。
「そろそろだな……」
 キリのいい箇所に差しかかったところで、私は書を閉じた。すると、それと時をほぼ同じくして、案の定、私のポケギアは特徴的な音を響かせる。発信者はおそらく、あの変わり者だろう。
「ミナキだ」
「もしもし、ミナキくん? ナマエです」
「ああ、やっぱりきみか」
 驚くまでもない。電話をかけてきたのは、くだんの人物、ナマエさんだった。
「やっぱりって……まるで、わたしがミナキくんに電話することを予想していたような口振りだね」
「まぁ、気にするなよ。それで、どうしたんだ?」
 この期に及んで、〝どうした?〟などと問う必要はないに等しいのだが、自然に会話を展開させるためには、聞いておくのが無難だろう。
「あのね、マツバさんのことなんだけど」
「マツバがどうかしたのか?」
 我ながら、白々しさが輝いている問いかけだ。
「わたしとマツバさんが定期的に連絡を取り合っていること、ミナキくんには話したよね」
「火曜日の夜、だったか?」
「よく覚えてるね」
 当たり前だ。いつも二人の会話の内容を、なぜか私が予習・復習させられているのだからな。
 私はナマエさんに話の続きを促した。
「それで、あのね……」
「ああ」
 電話越しに、深呼吸をしたらしい音が聞こえた。
「昨日……これからは、電話じゃなく食事をしよう、と言われてしまって……!」
「なんだって!」
 マツバめ! 我が友人ながら、なかなか隅に置けない男だ。
 一昨日に電話をしたときは、それらしいことは何一つとして語らなかったはずだ。あの男が、まさか自分から、定期的に会うことを提案するなんて。さすがの私も、こればかりは読めなかった。
「信じられない! 毎週火曜日の電話が、来週からは食事になるなんて!」
「よかったな。順調そうで何よりだ」
「あ、でも、どんな服がいいかな? マツバさんは落ち着いた雰囲気のひとだから、やっぱり黒で大人っぽくまとめるべきかな」
 始まった……。とうとう、始まってしまった。こうなった以上、私に与えられた選択肢はただ一つ。
 徹底的に、二人の仲を取り持ってやるしかないのだ。
「そうだな、マツバは……」
 自分のために二人を引き合わせた私だったが、それこそ定期的だった彼らとの通話が、不定期かつ頻繁になったのは、いったいどうしてなのだろうか。

2015-06-13 BACK