プリメロ

 今日は、ジュンがわたしの別荘に遊びにきている。彼は先ほどからベッドに寝転がり、熱心にポケモンの情報誌に目を通していた。
「へぇー! これは知らなかったぜ!」
 その様子をしばらく観察しているわたしは、彼を見つめながら、これまでジュンと一緒にしてきたことを思い返していた。振り返ってみれば、ジュンはわたしにとって、あらゆる『初めて』を捧げた相手だった。
「メガシンカ? なんだそりゃ?」
 ジュンはわたしが初めて出会った異性であり、初めて出会った同い年、そして初めての幼馴染だ。わたしが初めてポケモンを手にしたときだってジュンが一緒にいたし、初めてそのポケモンで勝負した相手も、言わずもがなジュンだった。
「いやぁー、ホント、ポケモンは奥が深いな!」
 そして、わたしが初めて恋心というものを覚えた相手も、ジュンだ。
「ねぇ、ジュン」
「んー?」
 わたしの呼びかけに、ジュンは姿勢も、視線さえも動かさずにからりとした反応を示した。窓から入り込む少し湿り気のある風が、外にハネた彼の金髪をふわりと揺らす。
「わたしね、ジュンが好きなんだ」
「おー……――はぁあッ!?」
「ずっと、ずっと、好きだったの」
 初めての告白だった。
 ただ好きだと伝えるだけなのに、こんな胸の高鳴りは、いまだかつて感じたことがない。
 ジュンは情報誌を持つ姿勢はそのままに、けれど赤く染まった顔をこちらに向けて、口をパクパクさせていた。
「なっ……なんだってんだよ、んないきなり、す、すすす、好き、とか……!」
「や、なんかね、言いたくなっちゃったの」
「にしても突然すぎるだろッ!」
 ジュンの頬からは赤みが引かない。彼は時折、人差し指で頬を掻いては、両手で顔を覆うという仕草を繰り返していた。
 わたしはというと、なぜか落ち着いていた。ばくばくとうるさかった心臓はすでに通常のテンポで動いている。
「えっと……ジュンは、さ」
「う、うん?」
「わたしのこと、好き?」
 わたしの問いに、ジュンは一瞬だけ目を見開き、そして顎に手を添えた。「うーん」と眉間にシワを寄せているあいだも、頬は薄く染まっている。
「……好き……かも?」
「『かも』? もっとはっきりして」
「う、うーん……」
 きっと、こんなふうにジュンを困らせたのだって、初めてかもしれない。短い沈黙が訪れたあと、ジュンはベッドに座り直し、そしてポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「……オレは、さ」
 ゆっくりと言葉を繋げていくジュン。その様子から、真剣に言葉を選んで話をしているのが伝わってくる。わたしの胸は不安と期待で、きゅう、と締めつけられた。
「ナマエとはいつも一緒にいるからさ、そんなふうに考えたこと、なかったんだ」
「……うん」
 でも、とジュンは続ける。
「おまえの笑顔見ると、なんつーか、こう……オレも嬉しくなる、ていうのかな? とにかく、気分がいいんだ。泣いた顔は……まぁ、あんま見たことないけど……オレがしっかりしなきゃって、思わせられる」
「ジュン……」
「で、よく考えてみたんだけど」
「うん」
「ナマエに好きって言われてさ……オレ、すげー嬉しいし、正直、心臓バクハツしそう……」
 ジュンはわたしを真剣な眼差しで見つめた。彼のこんな表情は、これまで、一度たりとも見たことがなかった。
 室内に響いているのは、吹き込む風の音と、わたしかジュンか、どちらのものかわからない鼓動の音だけだった。
「でもオレさ、ナマエみたいにオトナじゃないっていうか、好きとか、よくわかんないんだよな」
 ジュンは後頭部に片手を添えた。諦めたような形をした眉と、申し訳なさそうに伏せられた目が、彼の困惑をよく表している。
「だから今は、『好きかも』が一番近くて……うーん、もうわかんねー……」
「もういいよ、ジュン。嬉しい」
 ジュンのそばに身を寄せると、彼の心臓の音がよく聴こえてきた。穏やかな心音だった。
 こんなに心地よい音を聴いたのは、生まれて初めてかもしれない。

2015-06-09 BACK