今日は炭鉱の仕事が休みだ。そのうえ、ここしばらくはジムにも挑戦者が来ていない。恋人のナマエも今日はスズナちゃんと約束があるらしい。
つまり、ボクは完全に、ヒマを持て余している。
――と、いうことで。
「こんにちは!」
「おや、いらっしゃい」
久しぶりに勝負処を訪ねてみた。
ドアを開けて挨拶をすると、今でも変わらず元気そうなご老人が、ボクを見て優しい笑みを浮かべた。
――しかし。
「……あれ、今日は誰も来ていないんですか?」
なんて不運なことだろう。ここも今日に限って、賑わっていなかったのだ。むしろ閑散としている。ボクの目に映るのは、温かみのある木製のテーブルと、同じく木製のイスだけだ。
入り口で立ち往生するボクに、カウンターのご老人が教えてくれた。
「ルカリオを連れた青い服の青年が、ついさっき帰ったばかりなんじゃよ」
ゲンさんだろうか。
「まぁ、少し待ってみなされ。誰かしらは来るじゃろうて」
ご老人はボクにミックスオレを差し出した。ボクは礼を言い、ミックスオレと一緒に、奥の席で待機することに決めた。
席に着いてミックスオレを一口飲むと、独特の甘さが口内に広がる。
みんな、今日は忙しいのだろうか。こんなふうに時間を持て余しているのはボクだけなのだろうか。悪いことをしているわけではないけれど、不安ばかりがボクの胸中で渦を巻く。
うーん。このまま待っていたとして、誰も来なければどうしようか。クロガネに戻ったところで、炭鉱の仕事は休みだ。ジムトレーナーのみんなにも、〝ちょっと勝負処に行ってくるよ!〟と言って威勢よく出てきてしまったから、何もできずにすごすごと帰るのも気が引ける。これは困ったな。
あれこれ考えてはみたものの、なかなか答えを出せずにかれこれ小一時間が経っただろうか。いまだ、ここには、ボクとご老人しかいない。ミックスオレはもう半分も残っていないというのに。
――よし。もう少し居座ってみて、誰も来なかったらジムに戻ろう。そう決断したときだった。
「ヒョウタ? 来てたのか」
「え……? あ、父さん」
聞き慣れた声がして入り口の方を向くと、そこにはミオのジムリーダーである父さんが立っていた。
父さんのことだ、きっとボクと同じように時間を持て余していたから来たのだろう。そうであってほしい。ボクだけがヒマだなんて、なんとなくイヤだった。まぁ、親子揃って暇人だなんてのも、全く嬉しくない話だけれど。
父さんはボクの向かい席に腰をかけた。
「どうだ、仕事のほうは」
「炭鉱は相変わらずだよ。ジムは……うーん、最近はあまり活発じゃないかな」
「そうか……。まぁ、そういう時期もあるだろう」
険しい顔でうんうんと頷いていた父さんは、思い出したように「ところで」と続けた。
「少し前にな、ナマエさん、だったかな。おまえの恋人に会ったぞ」
「ぶっ!?」
驚きのあまり、ボクは口に含んだミックスオレを盛大に噴き出してしまった。
まさか父さんの口から恋人の名前が出るなんて、誰が予想できただろう。恋人がいるという話はしていたけれど、まだ実際に会わせることはしていなかった。それなのに、ボクの知らないところで、いったい何が起こったというのだ?
動揺を隠せないボクを見て、父さんはグハハハと愉快そうに笑っていた。
「ナマエに会ったの!?」
「グハハ! 落ち着け、息子よ! ゆっくり話そうじゃないか」
「う、うん……」
ミックスオレが飛散したテーブルを拭きながら、ボクは「それで」と続ける。我ながら、よくもまぁここまで広範囲に飛び散らせたものだ。
「どうしてナマエに?」
「うむ。先日、鋼鉄島に特訓しに行ったんだが、見慣れない先客がいてな」
「うん」
父さん曰く、ナマエはバシャーモだけをお供にして修行にきていたらしい。
ちゃんと鍛えているなんて、我が恋人ながら感心だ。言ってくれれば特訓くらいつきあったのに、水くさいなぁ。まぁナマエのことだから、きっと、ボクにジムや炭鉱の仕事を中断してほしくなくて、言わなかったんだろうけど。
ボクがそんなことを考えている傍らで、父さんは話を続ける。その表情はすごく穏やかで、父さんのこんな顔を見たのはいつぶりだろう、とボクはふと思った。
「彼女……こちらに気がついた途端、ものすごい勢いで駆け寄ってきたんだよ」
「あぁ……うん」
容易に想像がつく。ボクとデートをするときも、いつも勢いよく駆け寄ってくるもの。きっといつものように、いい笑顔をしていたのだろう。
「私の目の前までくると、〝ヒョウタのお父さんですよね!〟と声を張り上げてな。ものすごく響いたもんだから、さすがの私も驚いてしまったよ」
「……まぁ、勢いがいいのが、彼女の長所の一つでもあるんだよ」
「グハハ! そうだろうな!」
父さんが笑うたびにカウンターのご老人がビクリと反応しているの、果たして父さん本人は気がついているのだろうか。
「楽しい娘さんだったな。たくさん話をしたよ。もちろんおまえのことも」
「ナマエ、何か言ってた?」
ボクの問いに、父さんはニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。父さんのその笑い方になんとなく緊張を覚えたボクは、しゃきりと背筋を伸ばした。
「これからもずっと、おまえのそばにいたいと言っていたぞ」
「へ、へぇ……」
「父親の私にあんなことを言うなんて、彼女は本当に、飾り気がなくて素直な娘さんだな」
父さんは嬉しそうに笑っていた。ボクは照れくささを隠せない。ナマエはいつもそういうことを直接ボクに言わないから、余計に、なんだか恥ずかしい。
「いやぁ、可愛らしいひとだった」
「ははは、そうでしょ」
ナマエがこんなにも褒められるなんて、自分のことではないのに、ボクはなんとなく誇らしかった。
得意な気分で、ボクはミックスオレの最後の一口を口に含んだ。
「ナマエさんのような嫁さんをもらえると、おまえも幸せだろうな」
「ぶっ!?」
本日二度目。父さんの言葉に、ボクはまたしてもミックスオレを噴き出した。
父さんはそんな動揺しまくりのボクを見て、今日最大の笑い声を上げた。
「グハハハ! うまくやるんだぞ!」
「……う、うん……」
――お嫁さん、か。
飛散したミックスオレを片づけながら、ボクは頭の中で妄想を巡らせた。
ナマエと結婚すれば、きっと今よりももっと、毎日が賑やかで楽しいのだろう。
さて、プロポーズはどうしようか。
2015-05-04 BACK