少しだけ開いた窓から室内に風が流れ込み、わたしの頬を優しく撫でた。春になったばかりだということを告げる、そのひんやりとした感覚が気持ちいい。
昨日までの荒れた天気が嘘のように、空は晴れ渡り、太陽が輝いている。今日は絶好の昼寝日和だ。
カーペットの上に毛布を敷いて寝転び、少し大きめのブランケットで胸から膝くらいまでをカバーする。夢の国へと旅立つ準備は整った――はずだった。
「……なんの用でしょうか、ツワブキダイゴさん」
「何って、会いにきたんだよ」
「今朝早くに断りの連絡を入れてきたのは、どこの誰だったっけ」
「はて、なんのことか、さっぱりだな」
ジャケットを脱いでわたしにのしかかる男――ダイゴは、あからさまな態度で目を逸らした。
〝今日は少し忙しいから、会うのは週末にしよう〟と、今朝がた一方的に連絡を寄越してきたのは、まさしく目の前のこの男だったはずだ。だから、わたしは仕方がなく、何もないこの一日を、自分の好きなように過ごそう、と決めたのだ。
部屋の掃除に洗濯、そして夕飯の仕込み。やるべきことは全て片づけた。そのうえで、気持ちのいい天気だから少し昼寝でもしようと思い、準備を整えた。その矢先に……狙ったように、ダイゴが現れたのだ。
「ナマエ、ちっとも嬉しそうじゃないね。せっかくボクが会いにきたのに」
「嬉しいよ。でも、見てわかるでしょ。わたしはこれからお昼寝するの」
「ボクが目の前にいるのにかい? 愛するきみのために、用事を早めに切り上げてきた恋人をほったらかしにして? あんまりだよ」
「ドタキャンした本人が今さら何を……。それに、来るときは連絡してって、いつも言ってるでしょ」
なぜか、ダイゴはいつも突然やってくる。なんの連絡もなしに、自分の気が向いたときに。わたしが家を留守にしているときは合鍵を使って家に入り、居間でわたしの帰りを待っているのだ。食事を作ってくれているときもある。すごくありがたいのだけれど、帰宅した直後のわたしは、泥棒にでも入られたのかと気が気ではない。それもこれも、彼が連絡の一つも寄越さないことが原因なのだ。
「ボクとナマエの仲じゃないか。今さらだろ」
「そういう問題じゃなくてですね……」
「そんなことより、こんなに天気がいいんだ。何かしよう」
「だから、わたしはお昼寝がした――」
わたしの意見は、ダイゴの唇によって、いとも簡単に遮られてしまった。軽くて、それでいて長いキスだった。
ダイゴの手がわたしの頬に添えられている。彼の指を装飾するリングから、機械的な冷たさを感じる。
時間の流れが止まったように、わたしたちは微動だにしないでいた。外を飛び回るスバメの鳴き声も、時を刻む時計の音も、このときだけは耳に入ってこなかった。
そしてようやく、ダイゴとの間に、ほんの少しだけ距離が空いた。
「ナマエ」
「……なんでしょうか」
「ボク、きみの瞳が大好きだよ」
アスコットタイを外したダイゴの首元から、男性らしい色気が感じられる。
このひとは、ときとして子供のようなところがあるけれど、やはり大人の男だ。彼のそんなところに魅力を感じているから、きっとわたしは、いつも流されてしまうのだろう。
「……でも、来るときは連絡して」
「はいはい」
2015-04-09 BACK