37℃の恋人

リメイク作 青い熱

外にいればジリジリと照りつける太陽のせいで、何もしていないのに身体中から汗が吹き出してくる暑い夏の日。わたしは今、クーラーのついた涼しい建物の中で黙々とシャーペンを動かしている。
受験生の夏休みといえば勉強。塾という塾はどこも『夏を制する者は受験を制する』なんてキャッチコピーを掲げて夏期講習を催す。わたしが数ある塾の中からこの塾を選んだのには理由があった。学校から案内がきたから申し込みやすかったというのと、それから――。
『謙也くんはこの講習、参加する?』
夏休み前日の帰り道。その日学校から配布された一枚の勧誘プリントに目を通しながら、隣を歩く謙也くんに聞いた。
『するで。前から決めとってん』
『そっか』
『名前は?』
『わたしは……迷ってる』
謙也くんが行くなら、わたしも一緒に行きたい。そうは思ったけれど、お金のかかることだ。中学生のわたしに決定権はない。
『行くんやったら、一緒に行こな』
『うん、ありがとう』
『おう。そんくらい当然っちゅー話や』
お母さんとお父さんに頼んでみよう。プリントをカバンにしまいながら、どうやって頼み込もうかと考えていた。
『……もし行けんことなっても、』
『うん?』
『夏休みやさかい、海とか映画とか、とにかくで、デート、しよな』
『謙也くん……』
照れるように人差し指で頬をかく謙也くんはすごくかわいいと思った。それに加え、沈みかけた夕日が彼を朱色に染めていてとても綺麗だった。
『ほな』
『じゃあね』
家のすぐそばまで送ってもらって別れるのが謙也くんとわたしのお決まりだ。
謙也くんとは中一のときから友達だ。一年生で仲良くなって、二年生の終わりにつき合い始めた。つき合っていると言っても、相変わらず友達みたいな関係で、手を繋ぐこともなければ休日に二人でどこかへ行ったりということもほとんどない。謙也くんの部活が忙しいこともあるけれど、何よりわたしが誘う勇気を持ち合わせていないことが大きな原因だと思う。だからその日、謙也くんの方から誘ってきてくれてすごく嬉しかった。
けれどやっぱり会う日数は多ければ多いほどいいと思ったわたしは、帰宅するなりお母さんにプリントを出して頭を下げた。
『お母さん、お願い。本気なの』
恋も勉強も。欲張りだとか、動機が不純だとか、何を言われても構わない。わたしは謙也くんと一緒にいたい。勉強するなら謙也くんと一緒の空間がいい。
わたしのしたたかな思いを悟ったのか、お母さんは呆れたように笑いながら了承してくれた。ありがとう、ありがとうと何度もお礼をして、わたしはその夜さっそく電話で申し込んだ。
そして現在、わたしは謙也くんの隣の席で数学の授業を受けている。これが最後の授業になる。
チラリと謙也くんに視線を移すと、彼もわたしを見ていたのか、目が合ってしまった。わたしは恥ずかしくなって慌てて視線を逸らした。後になってもう一度謙也くんを見ると、今度は謙也くんがわたしから目を逸らしたのが見えた。
今日で夏期講習が始まってちょうど一週間になる。最終日だ。この一週間の行き帰りを謙也くんと一緒にした。相変わらず手を繋いだりといった進展はなかったけれど、毎日別の話をして、謙也くんのことをもっと知ることができたと思う。
「これで講習は終了となります。夏休み明けのテスト、そして志望校合格に向けて頑張ってください。一週間お疲れ様でした」
講師の挨拶に続いて受講者達は一斉に締め括りの挨拶をし、頭を下げた。それが済むとみんなは忙しなく帰り支度を始める。わたしも教材やペンケースをカバンにしまい、謙也くんの後について外へ出た。
「はぁー終わったなー」
「お疲れ様。部活にも参加しなきゃだったから大変だったでしょ?」
「せやな。けど名前と長いこと一緒におれたから楽しかったわ」
「わたしも。謙也くんと一緒にいれて嬉しかった」
開放感からか、建物を出た瞬間に二人とも自然と笑顔になった。
たくさんの受講者達が帰って行く。中にはこの講習で知り合って友達になったらしく、連絡先を交換している人達もちらほらといた。そんな人達をなんとなく眺めていると、突然目の前に手が差し出された。
「謙也くん?」
「帰るで」
謙也くんが少しだけ頬を染めて、優しい眼差しでわたしを見つめていた。すごく嬉しいのに、なんだか緊張してしまう。恐る恐る差し出された手に自分の手を重ねると、ぎゅっと強く、そっと優しく握り締めてくれた。わたしが握り返すと、それが合図になったかのように二人は歩きだした。
「手ェちっこいな」
「謙也くんの手が大きいんだよ」
この微熱は、夏のせいかな。

タイトル提供:『確かに恋だった』さま
企画『夏色グラフィティ』さま提出
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