その他2

雨に紛れてこぼれた想い/不動

些細なことで彼氏とケンカをした。本当に下らないこと。でも、あの時のわたし達にしてみれば何か重大なことだったのかもしれない。今思い返せばなぜケンカしたのかわからない。そういえば今日でちょうど三日、顔を合わせていない。
「雨…」
リビングの窓から外の景色を眺めた。土砂降りの雨だった。気分は余計に重くなるけど、雨音がなんとなく心地いい。あいつなんて雨の中サッカーして風邪引いちゃえばいいのに。本当はケンカしたこと自体はもうどうでもいい。でもあの時言われた一言にわたしは腹が立った。思い出すだけでムカつく。

てめーはお荷物なんだよ

あいつはどうしてわたしとつき合ったんだろう。そもそもわたしは最初そんな気なんて微塵もなかったのに半ば強引にわたしを彼女にしたのはあっちだ。お荷物扱いされる筋合いなんて、わたしには無い。
「もう!なんかムシャクシャする!」
なんとか気分を紛らわしたくてわたしは玄関に向かう。雨に当たろうと思った。これでわたしが風邪を引いて、あいつがわたしを心配しなかったら…その時は捨てられる前にこっちが捨ててやるんだ。ドアの取っ手に手をかけて、思い切り押した。
「えっ」
「……」
ドアを開けると、家の前に雨に打たれ続けてびしょ濡れになった人が立っていた。それはよく見知った、たった今までわたしを腹立たせていた原因の人だった。
「なに、してんの」
「…ちっ」
「用が無いなら帰ってよ」
どうして久しぶりに会ったのに舌打ちされなきゃいけないの。というか、舌打ちする癖を直した方がいいと思う。
「……かった」
「なに?雨の音で聞こえな、」
「悪かったっつってんだよ!!」
まったく、本当に阿呆らしい。先日のケンカも、意地張ってたわたしも。そして必死になってるこの人、明王も。
「バカじゃないの」
嬉しいだなんて言ってやらない。その代わり、雨でびしょ濡れになった身体に抱きついた。びっくりするくらい冷え切ってる。
「ずっと待ってたの?わたしが出て来るとも限らないのに?」
「………ちっ」
「バカじゃないの」
「っせぇよ…」
最初は大嫌いだった。つき合い始めてだんだん気持ちが変化した。でもまさか、わたしがこんなに惚れ込んでたなんて。
「明王」
「んだよ」
「ムカつくけど、大好きだよ」
「…へっ、可愛くねぇ」
顔を上げると、噛みつくようなキスが降ってきた。わたしの目尻からこぼれた水滴は、雨だということにしておく。

雨に紛れてこぼれた想い

二度と言わないから


大雪原の真ん中で/アツヤ

リメイク作 別の世界で

深々と雪が積もっていく。どこを見渡しても一面白銀の大雪原に、人影がぽつんと見えた。近づくにつれて人影はその濃さを増していく。ようやく形になって見えたその人影は、他の誰でもない、わたしが幼い頃から恋焦がれていた彼だった。今はもう、いないはずの。
「アツヤ…?」
「名前、…」
この白銀の世界と同化して、今にも消えてしまいそうな彼は、ふっと悲しそうな笑顔を見せた。どくん。わたしの心臓は、何か得体の知れない不安みたいなものに大きく脈を打った。
「アツ、」
「もっとこっち来い」
わたしの言葉を遮って、彼は小さく手招きをした。何を言う訳でもなく、ただなんとなくこの濁った気持ちをごまかしたくて彼の名前を呼ぼうとしただけのわたしは、それ以上は何も言わずに、黙って彼との距離を埋めた。
「冷てぇな」
わたしは突然のことに思わずびくりと反応した。彼がわたしの手を掴んで、自分の頬に添えさせたのだ。彼の頬に添えられたわたしの手には、彼の手が重なっている。
「手袋、しねぇのか?」
「う、ん…好きじゃないから」
「そっか」
彼の頬は決して温かくはなかったけれど、冷えきったわたしの手には心地好い温度だった。ふと彼の手を見ると、彼も手袋をしていない。けれど不思議なことに、わたしの手に重なる彼の手には、わたしほどの冷たさはなかった。
「アツヤ」
「あ?」
「どうしたの」
どうしたの。この言葉が一番適切かもしれない。今の彼は、何がしたいのか、何が言いたいのかまったくわからない、そんな雰囲気を纏っているから。わたしには、どうしたの、という言葉しか思いつかなかった。
「名前」
「…うん」
彼はまた、先にも見せた悲しい笑顔を浮かべた。わたしにはその笑顔が何を意味しているのかわからなくて、ただ再び濁った気持ちになるだけだった。
「好きだ」
「えっ…」
ふわり。彼の唇がわたしの唇に重なった。わたしの手は依然として彼の頬に添えられているし、彼の手もまた、わたしの手に重なったままだった。ただ一つ違うのは、わたしと彼の唇が触れ合っているということ。
「あ、つや、」
「わりぃ」
わたしの唇と手を解放した彼は一歩後ろに下がった。彼との間にもどかしい距離が生まれる。解放されたわたしの手と唇が、それまであった温度が無くなってどこか寂しく感じた。
「じゃあな」
彼はわたしに背を向けないで、一歩ずつ、ゆっくりと距離を開けて行く。行かないで。その一言が言えなくて、代わりに頬を水滴が伝った。もう影しか見えなくなる。ぼやけた視界のせいで、最後まで彼を見ることができなくて悔しい。それなのに涙はとめどなく溢れ出す。あぁ、もう影すら見えなくなりそう。わたしはまだ自分の気持ちを伝えられてないのに。わりぃって、どうして謝るの。じゃあなって、なに。あの悲しい笑顔は、好きとキスの意味は、聞きたいことはいっぱいあるのに、どうして。どうして彼はいつもわたしの話を聞いてくれないの。ずるいよ。ねぇお願い、聞いて、聞いてよ。あなたが大好きなの。いなくならないで。待って。待って。
「行か、ないで…っ!」

見慣れた天井が目に入る。目元はひんやりと冷たい。ゆっくりと起き上がると、そこは自分の部屋で。あれは夢だったのかと思うと、なんだか胸の辺りが苦しかった。あんなにリアルだったのに。触れ合った唇の感触も、彼の頬と、重なっていた手の温度も。ふと携帯電話のテレビをつけると、幼なじみが映っていた。
「士郎…」
画面の中の彼のサッカーには、もう夢に出てきたあの人の面影はなかった。そうだ。もうあの人はいないんだ。ずっと昔に、いなくなったんだ。ぽたり、画面の幼なじみに、水滴が落ちた。

大雪原の真ん中で

ほんとうに、ずるいひと


しょっぱい笑顔/大海原

暖かい陽気に包まれて、わたしはついにこの日を迎えた。親しんだ友達との別れ、お世話になった先生との別れ、そして、いつも支えてくれた後輩達との別れ。他にもたくさんの寂しさを胸に、わたしは今日、この大海原中学校を卒業した。
「苗字!卒業おめでとーう!」
「ぐすっ…監督ぅ………」
最後の挨拶に綱海とサッカー部を訪れると、相変わらずのノリで監督と部員達が迎えてくれた。一緒にいると楽しいそのノリでさえ思い出になる日がそう遠くないのだと思うと逆に悲しくて、もっと涙が溢れた。
「このめでたい日に涙とはなんだ!泣いてないで笑えー!」
「そうだぜ苗字!俺みたいに笑えって!なっ!」
そういう監督と綱海の目も少し潤んでいて、余計に涙が止まらなくなった。卒業したくない。ずっとみんなと一緒にいたい。
「苗字、卒業おめでとう」
「音村ぁ……みんな…うっうう…」
「ノリが悪いなぁ。よくそんなのでマネージャーなんか務まったね」
「うるっさい…あんたも少しは泣けぇー…!愛しい愛しい苗字先輩とサヨナラなんだよ…!?」
「ははは、よかった。いつもの冗談キツすぎる苗字だね」
音村は寂しくないのかな。そう思うとなんだか悔しかった。わたしだけがみんなのこと大好きみたいで、悲しかった。
「名前!卒業おめでとー…っ!」
「キャァァアン!キャンは泣いてくれるんだね…!どこかのリズムラとは大違い……!」
「当たり前だよ…!寂しい、もんっ……ひっ…く…名前ー卒業しないでーっ!」
「キャーン!大好きだよキャン!ちゃんと会いに来るよー!」
可愛い可愛いキャンを立ち膝になってぎゅっと抱きしめる。すると、わたしの背中に温かい重みがかかった。首には腕が回されて、肩の辺りには頭が押し当てられる感覚がする。
「…俺だって、本当は寂しいよ」
「リズムラ………っう…」
「普通この場面でそれ引っ張る?」
「だっだってぇ…ボケ、ないとっ…お、みはら…じゃな、からぁ…」
「トゥントゥクトゥントゥク……」
音村はわたしの首に巻き付けていた腕を、今度はお腹に回した。この際、肉なんて気にしない。背中に音村を感じながらキャンと抱き合っている。わたしは幸せだ。
「お前ら三人で仲良ししてんなよ!俺達も交ぜろ!」
「よーし!みんなであの三人を取り囲めー!」
綱海と監督の言葉を合図に、イエーイ!と盛り上がった部員達と監督は、わたし、音村、キャンをぎゅうぎゅうに取り囲んだ。トドメに綱海がわたし達のおしくらまんじゅうに思い切りダイブする。
「く…苦しいー!」
「ごめん、キャン…ちょっと我慢しなきゃみたい」
「まったく…せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しないでくれよ綱海」
「お前らー!別れはみんなで惜しむもんだろー!」
「そうだぜ音村ー!」
監督がその大きい手でわたしと音村の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。キャンは頭の巻貝を取られてた。
「ふぅ…みんないつも以上にうるさいね」
「あはは…なーんか、涙も止まっちゃったよ」
耳元で、音村の笑い声が聞こえた。
「さぁて、それじゃあわたし達も盛り上がっていこー!ね、リズムラ!」
「トゥントゥクトゥントゥク…言われなくてももうノッてるよ」
「あ、そう。キャン!騒ぐよー!」
「うん!」
音村の腕をすり抜けて立ち上がる。空と海はどこまでも冴え渡っていた。

しょっぱい笑顔

きっとまた、みんなで

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