こっちを向いて

「わたしさぁ、恋してる人の気持ちってよくわかんないんだよね」
「は……? いきなりなんだよ」
ナマエはつい先程俺が出してやった冷たい麦茶を一口飲んで、息をついた。そして、部屋の隅に置かれた俺と同じくらいの高さをした笹を視界に入れて、話を続けた。
「今日七夕でしょ。ここに来るまでに、短冊がいっぱい吊された笹があったんだけど、ほとんどの人の短冊に書かれてたのが何々くんが振り向いてくれますように的なやつだったわけよ」
ナマエは目敏くも笹に吊された短冊に気が付いたようで、あれ後で見せてね、と言った。俺は駄目だと速答したが、恐らく彼女は勝手に見ようとするだろう。席を外さないようにしなければいけない。
視線を笹から俺に移すナマエの目は、さっきの彼女の話に対しての反応を求めているようだった。
「……べ、別に普通じゃないか? お前は何がわからないんだよ」
「だってさ、振り向いてくれますようにって、声かければ相当嫌われてない限りちゃんと振り向いてくれるじゃん。なのにどうして、わざわざそんなこと願うのかなって」
「それは振り向くの意味が違うと思うぞ……」
俺が溜め息交じりに言うと、もう一口麦茶を飲んでいたナマエは、あたかも知らなかったと言うような表情をした。
「え、そうなの? じゃあ他にどんな意味があるのか教えてよ。ハヤトの見解でいいからさ」
「見解ってほどでもないけどな。振り向く……そうだな、うーん……関心を寄せる、とかか?」
ナマエはなるほど、とわざとらしく左手の平に、握られた右手を置いた。そして謎が解けた探偵のような、清々しさを感じさせる表情をした。
「じゃあ恋してる人は何々くんが私に関心を寄せてくれますようにって願ってるんだね」
「まぁ、ニュアンスとしてはそんな感じなんじゃないか」
「ふーん。それじゃあ謎も解けたことだし、わたしそろそろ帰るね」
そういえば、こいつは何のために俺の所に来たんだ? ナマエは別に招待された訳でもないのに突然やって来て、俺はなぜか麦茶を出していた。もしかして、ただ自分の疑問を解決しに来ただけなのか。まぁそれでも、なんとなく嬉しかった。なぜなら俺は……
「じゃあね。――あ、短冊」
「だ、駄目だって言ったろ!」
「えー、ケチ」
「ったく……気をつけて、な」
ナマエが出て行ったのを確認し、俺は盛大に溜め息をついた。
チラリと短冊に目を移すと、そこにはナマエが疑問に思っていた内容が書かれている。しかも彼女の名前で。この願いが叶うのはいつになるのだろう。俺は一人、再び溜め息をつくのだった。

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