君へ

01

「レッドくんが、好き」
やっと言えた、わたしの気持ち。目の前の彼、レッドくんは一瞬わたしを見てから、またすぐに視線を伏せた。
「…そうなんだ」
レッドくんはそれだけ言って歩き出す。ああ、終わったんだ、わたしの恋。返事なんて期待してない。だってつき合ってとは言ってない、だからわたしは彼を追うような真似はしない。でも、ちょっと、ちょっとだけ。
「寂しい、かな…」
呟いた瞬間、わたしの目からは涙がぼろぼろ溢れ出した。フラれたっていえるのかわからないけど、悲しかった。そして、怖かった。もう前の関係には戻れないのかと思うと、すごく怖かった。
「泣いてるのかよ」
「っ……グリーン…?」
後ろから声がして、振り返ればいつもわたしの相談にのってくれてるグリーンがいた。
「はは、フラれ…ちゃった」
「あれってフったっていうのか?」
「そうだよ。だってレッドくん…何も言わな、かった、から」
泣いてるせいで上手く話せなくて言葉が途切れ途切れになるけど、かろうじて笑顔は作れる。あれ、わたしどうして笑えるんだろう。


02

あーあ、フラれたか。でもナマエはよくがんばった、うん。
「今日は、送ってく」
「ありがとう。でもちょっと一人になりたいから…ごめんね」
「…わかった。考えすぎて事故んなよ」
「はは、大丈夫」
ナマエはあれから数分泣いて、さっきようやく泣き止んだ。笑ってるけど、無理してるからいつものナマエの笑顔じゃない。
「無理、すんなよ」
次第に小さくなるナマエの背中に向かって、聞こえないように呟いた。あいつは、いつも無理をしてる。どんなにつらくても笑って笑って、とにかく笑って、大丈夫だと言う。あいつは強い。力とかじゃなく、心が強い。今だって失恋したのに、泣きながら笑った。本当はもっと泣きたいはずなのに、俺に気をつかってすぐに涙を止めた。それに比べて俺はなんて弱いんだろう。あいつがつらいのに、俺は気の利く言葉をかけてやれない。
「なんで、レッドなんだよ…」
ナマエが好きなやつ、俺ならいいのに。


03

レッドくんは好きな人いるのかな?わたしのことはどう思ってるんだろう?
「はぁ…」
ぐるぐるぐるぐる。何度も同じことを考えてしまう。そのたびに出るのは答えではなく溜め息で。まぁ、わたしが考えても答えなんて出てくるはずがないんだけど。ちなみに今は自室にいる。グリーンに忠告された通り、帰り道ではあまり考えないようにした。わたしは考え込むと周りが見えなくなってしまうから。
「レッド、くん…」
彼のことを考えるだけで胸が苦しくて、これが恋なんだなぁって改めて実感する。そんなことを考えていると、不意に部屋の扉が開いた。
「ナマエ、入るわよ」
「お母さん?どうしたの?」
「あんたのお友達が来てるわ」
誰だろう。そんなわけがないとわかっていながら、少しでも期待してしまうわたしはバカなんだと思う。


04

玄関の扉を開いて外に出ると、そこにはまさか夢なんじゃないかと疑いたくなるような人が立っていた。
「れ、レッド…くん…!?」
「……今」
「い、今…?」
「ちょっと出てこれる?」
「う、ん…ちょっと待ってて!」
わたしはすぐにお母さんに外出してくることを告げに行った。どうしよう、顔がすごく熱い。鼓動が速い。何言われるんだろう、まさか正式にフラれるとかじゃないかな。そうだとしたらすごく悲しい。
「お、お待たせっ」
「……ん」
わたしが再び外に出ると、レッドくんはわたしに構わずすたすたと先に行ってしまった。わたしは慌てて彼を追いかける。
「ど…どうしたの、急に?」
レッドくんの隣を歩きながら、横顔に問いかけた。彼はこちらを向くことはしなかった。
「………今日、さ」
「う、うん」
「ちゃんと答えてなかったから…」
きた。やっぱりはっきり言われるんだ。
「俺、」
「…もういいんだよ。レッドくん」
「…?」
「言いたいこと、なんとなくわかるよ。だから、今日のことはお互いに忘れよう?」
「………」
「また友達として…仲よくしてね。じゃあ、わたしそろそろ帰らないとだから」
「……わかった、じゃあ」
レッドくんの言葉を最後に、わたしは来た道を戻った。最低だなぁ、わたし。はっきり言われるのが怖いからって、レッドくんの気持ちも聞かずに逃げたんだから。


05

これでいいのか、自分でもわからない。そんなことをもうずっと考えていると、不意に電話の鳴る音が響いた。
「もしもし」
『あぁレッド。俺だ、グリーン』
「………なんの用だよ」
『お前…、今日ナマエに告られてたな』
「!」
グリーンにだけは知られたくなかったし、あいつは見たくなかったはずだ。あいつはナマエのことが好きだから。俺はよく相談されていた。頼めるのは幼なじみのお前しかいないから、と。だから、ナマエから好きだと告げられたときは柄にもなく真っ先にグリーンへの罪悪感が芽生えた。告白された瞬間に俺も#なまえ#が好きなんだと自分で気づいてしまったからだった。
「…だから、なんだよ。覗きとか悪趣味、」
『なんとでも言えよ。ただ、自分の気持ちに嘘はつくな』
もしかして、グリーンは…俺が思ってたよりもずっと鋭いのかもしれない。
「それってどういう…」
『俺のことは気にしなくていい。レッド』
不意に、グリーンの声が優しくなった…気がする。
『お前…』
「な、んだよ」
少し動揺している自分に驚いた。電話の向こうからは大きく息を吸う音が聞こえてきた。
『バーカ!お前明日学校くんな!風邪ひいて足骨折して家で寝てろ!』
「は…?」
俺が何も言えないで固まっている間に、既に電話は切れていた。あいつが伝えたかったこと、なんとなくだけどわかるような気がした。最後にどうしてあそこまで言われたのかはよくわからない。


06

グリーンに言われた通りに自分の気持ちを伝えに行っただけなのに。逃げられた。
「忘れよう、か…」
暗い道を一人呟きながら歩く。俺はどうして、引き止めなかったんだろう。多分…これでよかったんだと思ってるから。やっぱり脳裏に浮かぶのは、グリーンの顔だった。嬉しそうにナマエの話をするグリーンを思うと、不思議と言葉が出なくなっていた。
「よぉ」
俯きながら歩いていたせいか、前に人がいることに気づかなかった。目の前で俺に軽く声をかけたやつは、紛れもなくさっき俺の脳裏に浮かんだグリーンだった。
「こんな遅くに何してたんだ」
「お前が明日風邪ひいて学校くんなって言ったから、身体冷やしてた」
「…ナマエに、会ってきたんだな」
こいつ、こういう時は嫌に鋭い。俺はなんて言ったらいいかわからなくて沈黙してしまった。
「ナマエは…その、なんて言ってたんだ」
「今日のことはお互い忘れよう、だってさ」
「…そっか。レッド、お前、」
「さすがにそろそろ寒い。このままじゃグリーンも明日休むことになるから、今日はもう帰った方がいい」
グリーンの言葉を遮って一気に言うと、グリーンはもうそれ以上は何も言わなかった。今日はやけに饒舌な自分が、少し不思議だった。


07

大丈夫、もう忘れた。わたしはもう昨日のことは覚えていない。何度も何度も自分に言い聞かせてみても、やっぱり一晩じゃどうすることもできなかった。
「ナマエ?行かなくていいの?」
「お母さん…。そろそろ行くよ」
「そう。ちょっとゴミ出してくるから、気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
仕方ない。休みたくはないし、やっぱり行くしかない。わたしは意を決して家を出た。すると家の前には、見慣れた姿があった。
「はよ」
「グリーン?どうしたの?」
「一緒に行かないか?話がある」
話ってなんだろう。レッドくんのこと?それともわたしに相談でもあるのかな。まさか恋の相談とかだったりして。
「あの、さ」
「!うん」
少し歩いても沈黙していたグリーンに突然話しかけられて驚いてしまった。グリーンの顔を見ると、どこか切なげな顔をしていた。
「俺、ナマエが好きなんだ」
「えっ…」
「ナマエが、レッドじゃなくて俺のこと好きだったらいいのにってずっと思ってた。俺なら、絶対にお前を泣かせたりしないって」
「グ、リーン」
「ナマエ」
グリーンはわたしの目を見ていた。すごく真剣な表情で、わたしはどうすればいいかわからなかった。
「どうしたら…どうしたら俺のこと好きになってくれるんだ?」
「!」
「話した回数、レッドより俺の方が多いはずなのに、どうしてお前はこっち向いてくれないんだろうな」
今にも泣きそうな表情のグリーン。言葉が出てこない、口が動かない。どうして何も言えないのわたし。どうして、どうして。
「な、んで…お前が泣くんだよ」
「っ…」
今まで一番つらい思いをしてたのはグリーンなのに。好きな人に恋の相談されて、グリーンはどんな気持ちだった?多分、フラれたわたしよりもっともっとつらかった。それなのに、いつも当たり前のように聞いてくれた。今頃グリーンの優しさに気づくなんて、わたしどうかしてる。


08

校門の前まで来る頃には、既にわたしの涙は溢れることをやめていた。
「返事、いつでもいいからな」
校門の前でそう言って、グリーンは先に校舎へと歩いて行った。
「グリーン…」
そう呟いて、わたしも校舎へ足を運んだ。少し落ち着こう。いつも通りにしてればいいんだ。

放課後。わたしは一人きりの教室で前のことを思い出していた。思い返せば、全てが突然のことだった。わたしがレッドくんを好きになったのも、グリーンと友達になったのも。
『!いたた…す、すみません』
『…大丈夫?』
ちょうど一年くらい前に、レッドくんと廊下でぶつかった。尻餅をついたわたしに、レッドくんは手を差し出してくれた。
『あ、ありがとうございます…。もしよければ、お名前教えてくれませんか?』
『…レッド』
レッドくんはそれだけ言って颯爽とその場を去った。その瞬間から、わたしはレッドくんを好きになった。我ながら漫画みたいな出会いだと思う。
『お前、レッドのこと好きだろ』
『え!?あ、あなた誰?』
『は?同じクラスだろ。俺の名前はグリーンだ、覚えとけよ』
グリーンはわたしがレッドくんを見ていたのに気づいていたらしい。初めてグリーンと話した時は、正直ちょっと苦手だった。毎日のようにからかってきたから。でも、それも次第になくなって、最終的にはいつも話を聞いてくれるようになった。
『話しかけてみろよ』
『む、無理!恥ずかしい…』
『あのなぁ…おーいレッド!』
『やめてグリーンお願い!』
グリーンはすごく協力的で、わたしがレッドくんとまともに話せるようになったのはグリーンのお陰と言っても過言じゃない。告白できたのだって、グリーンがいつも背中を押してくれてたから。
『わたし、レッドくんに告白する』
『…おう、がんばれよ。ま、フラれたら慰めるくらいはしてやるよ』
『なっ…!い、今からって時に嫌なこと言わないでよ!』
『はは、がんばれよ!』
そうだ。わたし、いつもグリーンの優しさに支えられてたんだ。思えば思うほど目元が熱くなる。誰もいない教室で一人、声を殺した。


09

どうして。どうしてこいつはあいつを泣かせるんだ。本当に腹が立つ。いくら親友といってもさすがに許せない。ああムカつく。俺だったら絶対にあいつを泣かせたりしない。でも今朝のは…あれは俺が泣かせたことになるのか?よくわかんねぇ。俺がこいつだったら、あいつは泣かずに済んだのか?でも俺はグリーンでこいつはレッド。あいつが好きなのはグリーンじゃなくてレッド。
「レッド…お前、ナマエのこと好きなんだろ」
「話ってそれ?」
「答えろよ。好きなんだろ?俺に気をつかってんなら、今更すぎるぜ」
「……さぁね」
こいつマジでムカつく。どうしてこんなスカしてられるんだ。俺は頭にきてレッドの胸倉を掴んだ。
「答えろっつってんのがわかんねぇのか?」
「…離せよ」
鋭く睨みつけられて、一瞬怯みそうになる。だが俺は絶対こいつに屈しねぇ。ここで折れたら負けだ。俺は睨み返した。屋上だから、見つかるとやばいだろうな。
「……はぁ」
レッドは溜め息をついた。こいつマジで今すぐ殴りてぇ。
「わかった、答える」
「………」
「好きだ、ナマエのこと」
「な、ら…どうしてナマエに本当のこと言わないんだよ!」
「お前のこと、親友だと思ってるから」
「…!」
不覚にも泣きそうになって、思わずレッドを離した。こいつ、普段は絶対に俺にそんなこと言わねぇのに。本当はこんなに俺のこと気にしてたのかよ。らしくねぇ。俺がなんとかしないといけない。
「親友ならなおさらだ。ナマエに本当のこと伝えろ」
「でも、それじゃあお前が、」
「あいつは…ナマエはお前しか見てねぇんだよ!あいつのつらそうな顔はもう見たくない。それに俺は…いつでも奪えるからな」
「……はは。最低だな、グリーン」
「お前に言われたくねーよ」
どうしてだ。こんなにも穏やかな気持ちになれるなんて。俺も大人になったもんだ。
「早く行けよ」
「…あぁ」
「……レッド!」
背中を向けて歩き出すレッド。俺はレッドに向かって最高の応援の言葉を叫んだ。
「玉砕しろバーカ!!!」
レッドは振り向かずに手を振っていた。これでよかったんだ。目元が熱くなってきたことには気づかないフリをしておこう。


10

「次はあれがいいな」
「ん」
少し遠くの位置にあるアトラクションを指さすナマエの顔は、すごく自然な笑顔。俺はナマエのこの笑顔が特に好きだ。邪魔者さえいなければすごくいい雰囲気だった。
「早く帰れよ、グリーン」
「いいじゃねーか。遊ぼうぜ」
「楽しいからいいじゃない、レッドくん」
自分が一度フった男を受け入れてやるナマエは本当に優しいと思う。グリーンはグリーンで俺からナマエを奪うというのは冗談じゃなかったらしい。怖いやつ。
「あ、わたしジュース買ってくる!二人とも何がいい?」
「任せる」
「俺はアイスコーヒー」
「わかった!」
ナマエが自販機まで行ったのを確認する。俺が任せると言ったせいか、難しそうな顔で自販機と睨めっこしていた。
「俺、本気だからな」
グリーンがナマエを見ながら呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。こいつがこんなに優しい顔できるの、知らなかった。
「まぁ、せいぜいがんばれば?」
「その言葉、忘れんなよ」
お互いに挑発的な笑いを浮かべる。俺、こいつが親友でよかった。

君へ

一生大好きだって、誓います。

Fin. BACK