プラネタリウムで逢いましょう

せっかくの七夕だと言うのに、外は朝からあいにくの雨だった。それも土砂降りの。
今日は二人で星を見ようという約束をしていたから、デンジが家に来ている。彼は先程から何かを考えているようで、真剣な表情でソファに座っていた。
「そろそろご飯支度するね」
「ん」
声をかければ、素っ気ないにも程がある返事。デンジのこの態度は、雨で沈んでいるわたしの気持ちを更に重くした。聞こえないように溜め息をついて、流しの前に立つ。そこから見ても、デンジは相変わらずだ。
「何が食べたい?」
「テキトーでいい」
「そういうのが一番困るんだけど」
「んじゃ、ナマエが食いたいもの」
これ以上会話を続けても虚しいだけだと判断したわたしは、本日二度目の溜め息を漏らし、大人しく冷蔵庫を開いた。けれど困ったことに、わたしには食べたいものが特にない。空腹を感じないのだ。じゃあどうして支度をすると言ったのか。デンジがいつもこれくらいの時間にお腹を空かせて迷惑にも勝手に上がり込んで来るからだ。普段なら家に入るなりカレーだの漬け物だのコーヒーだのとまるでこの家がファミレスであるかのように注文をしてくるデンジが、今日は自分から空腹を訴えない。これは相当様子がおかしい。
「ナマエ」
先程まで上の空だったデンジがやっと自分から話しかけてきたことに、わたしは少なからず安堵感を覚えた。いつものように料理の注文でも入れてくるのだろうと思い、なに、と応答すると、デンジは全く悪気なんてなさそうな顔で言った。
「俺、とりあえず帰るわ」
「は?」
「またあとで連絡すっから」
「え、ちょっと、デンジ、」
「そんじゃな」
一人、部屋に残されたわたしは、展開についていけていなかった。ただデンジの背中を、扉が閉まるまで見つめながら佇んでいるだけだった。バタン、と扉が閉じた後もしばらくは呆然と立ち尽くすだけで、言葉すら出てこない。
「……なん、なの……」
喉の奥からやっとのことで出てきた言葉は、わたしが現状を理解する際のものだった。
つまり簡単にまとめると、デンジは自由奔放で気まぐれだということになる。悪く言うとすれば自己中、だ。そしてわたしはそんなデンジに飽きられて、だから彼は帰ってしまった、ということになるのだろうか。もしそうだとしたら奴は最低な男だ。けれど、後で連絡すると言っていたし。ここはデンジを信じて連絡を待つべきなのか。
考えがまとまらない内に、テーブルの上の携帯電話が鳴った。恐る恐る手に取り開いてみると、画面にはデンジの名前。わたしはすぐに通話ボタンを押した。
「もしもし、デンジ?」
『今すぐジムに来い』
「ちょっと待っ、」
『早く来いよ。じゃあ』
ツーツー、というお決まりの機械音が、通話が既に終了していることをわたしに教えてくれた。本当に彼は自由というか、自己中というか。とにかく掴み所がない。
幸いにもナギサジムはこの家のすぐ近くだ。というか、ナギサシティ内ならいつでもどこでもすぐに行くことができるのだけれど。わたしは家を出て、最近買ったばかりの真新しい傘をさし、小走りでデンジの待つジムへと向かった。
「デンジ! ……って、何、これ……」
ジムに入って早々、わたしは目を見張った。ジムの中は真っ暗で、天井には見たくても見れないと思っていた、あの天の川があった。まるで外の星空を眺めているような心地がした。
暗闇の中から誰かがこちらに近づいてくる気配がしたけれど、わたしは身構えなかった。その人が誰であるか、わかっていたから。
「何って、プラネタリウム」
わたしの目の前に立った最愛の誰かは、さすがに疲れた、と言って、わたしを抱きしめた。わたしは胸のずっとずっと奥から、温かい何かが込み上げてくるのを感じた。
「いつから作ってたの?」
「一ヶ月くらい前から」
「今日だけのために?」
「……お前が楽しみだっつってたから」
デンジの腕の中には、流れた涙には気づかないフリをして、決して口には出さずに、少しでも疑ってごめんなさい、と心の中で謝るかわいくないわたしがいた。
プラネタリウムの天の川は、わたしと彼の頭上でゆったりと、雄大に流れていた。彦星と織り姫は逢えたのかな。

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