デンジ2

散らばったメモリー

夜遅くに浜辺で海を見つめていた。
もう終わった、終わったのよ。
その言葉を何度も何度も自分に言い聞かせてみたけれど、涙が溢れるだけ。
毎日が幸せだったな、わたし。
死んでも一緒だよって約束したのに、突然別れようだなんて最低だよ、嘘つき。
「ナマエ…?」
不意に呼ばれた名前。
「デン、ジ…?」
振り返ると、見慣れた人が立っていた。
「泣いて、るのか」
「…デンジ……来て」
お願い、こっち来て、隣に座って。
わたしの涙の理由は聞かないで。
そばにいてくれたら、それでいいから。

散らばったメモリー

お前の涙が他の誰かのものだってこと、周りの写真が教えてくれるな。
なぁ、俺も泣いていいか?


流れ星を探して

キラキラキラ。
無数の星が夜空で光を放つ。
「あ、流れ星」
俺と肩を並べて輝く星を眺めていたナマエは、声をあげた。
「願いごと、したか?」
「うん」
ナマエは嬉しそうに俺に笑顔を向ける。
その笑顔が、夜空に浮かぶ星に劣らないほど輝いて見えた。
次流れたら、俺も願いごとしよう。

流れ星を探して

「あ、また流れたよ」
「おう」
ナマエがずっと笑顔でいられますように。


さざ波の音を聴きながら

風が涼しい昼下がり、まさしくお昼寝日和。ナギサの浜辺に座って、デンジの話を聞いていた。
「それで、俺のレントラーが…」
「うん、う、ん」
「ライチュウに…」
「へぇ…よ、かったね…」
そこで、デンジの話はピタリと止まった。わたしはわたしでもう目を開けているのがつらいくらい眠くなっていた。眠気のせいで上手く話せない。
「おい、ナマエ」
「……え…呼ん、だ?」
「俺の話聞いてたか?」
「き、てた、よ。レントラ、が…ライチュ、に……進化、し、たんで…しょ?」
「はぁ…」
呆れた溜め息が聞こえたようなそうじゃないような。眠気でよくわからない。ごめんデンジ、わたしもう…無理そ……。
「…すぅ……」
「やっぱり眠かったのかよ、早く言えよな。だいたいレントラーがライチュウに進化するわけないだろ」
大きくて優しい何かが、頭の上に置かれた気がした。

さざ波の音を聴きながら

おやすみ、愛しい人


ほど好いさじ加減で

「汚れ……?」
棚に戻そうと思って手に取った銀色のスプーンには、まだ僅かに使用した形跡が残っていました。あの人はスプーンひとつでさえキチンと洗えないんでしょうか。と、わたしは思わず笑みをこぼしました。
面倒なことがあまり好きじゃないということは承知してますけどね、でもやるからにはできるだけしっかりしてほしいものです。わたしを想ってくれているのでしたら、尚更。これを我が儘だなんて、どうか言わないでくださいね。
スプーンを握りしめたままのわたしの耳に、扉が開く音が聞こえました。恐らく彼が帰ってきたのでしょう。時間的にも頃合いですし。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「なに突っ立ってんだ?」
「スプーンが気になりまして」
「スプーン? 見して」
わたしの愛するよき旦那さん、もといデンジさんは、わたしの手からスプーンをひょいと取り上げました。そしてまじまじとスプーンを眺めて一言。
「わり」
少しだけしおらしい様子で、謝罪の言葉を述べました。こんなにも素直というか、優しいデンジさんは珍しくありません。
彼が優しいのは結婚する前からでした。不器用でも確かにわたしを愛してくれています。彼は言葉にしませんが、わたしはちゃんと感じているのです。その優しさが一層増したのが、つい昨日のことのように感じられます。あの時は幸せすぎて怖いくらいでした。
「もっかい洗うから」
「それくらい、わたしがやりますよ」
スプーンを受け取ろうと彼の手に触れたその瞬間、わたしの手首を彼のもう片方の手が掴みました。思わずどきりとしてしまい、反射的に彼の顔を伺います。すると、彼は真剣な表情でわたしを見つめていました。
「ダメだ。お前はあんま無理すんな」
「デンジさん……お言葉ですが」
「お、おう」
「あまりやらないのも、逆にストレスになってしまいます。お気遣いは嬉しいですが」
「う……」
デンジさんのお気持ちは本当に嬉しいですが、それによってわたしにストレスが溜まってしまったら意味がありません。わたしは、彼の優しさを無駄にしたくないのです。
「この子のために、ね?」
「……わーったよ。ただし」
「はい?」
「俺も一緒にやる」
一緒にって、スプーンひとつ洗うのにどうして人が二人もつくことがあるのでしょうか。再度笑みがこぼれました。
デンジさんは、ふざけていなくてもわたしを笑わせることができる、すごいひとです。
「はい。お願いします」
「おう」
重なったデンジさんの手は、それはもう温かくて大きな手でした。わたしの中の新しい命も、このひとのように温かいひとになってほしい。そう思いました。


犬猿な二人

あぁなんてムカつく男なんだろう。怠け者だしひねくれてるし、部屋は散らかりまくりだしああ言えばこう言うし。本当にだらしないし。私の天敵と言っても過言ではないような男だ、この男は。
「ちょっと!今日の掃除当番はアンタでしょ!」
「るっせーな。俺の家なんだからいつ掃除しようと勝手だろ」
「約束でしょ!少しくらい掃除しなさいよ!」
「はぁ?お前が一方的に作ったルールじゃねぇか」
本当に腹立たしい。なんでこんな怠惰の塊みたいな性格してんのよコイツ!
恋人でもないのに、どうして私がこんな男と一緒に暮らしているのか。それには理由があった。
「つーか、お前研究研究って言うわりには何もしてねぇよな」
「うるさいわね、アンタに何がわかるのよ!これでも順調に進んでますから!」
私はナギサシティ近辺のポケモンの生態を調べるために派遣された研究者だ。同一のポケモンでも生息する場所によって個々の能力にも差異が生じるのではないか、それを詳しく調べたい、と研究所で発言したのがことの発端だった。数ヶ月してから本格的な研究に入ることになり、私にはナギサシティ近辺の調査が割り当てられたのだ。滞在期間は一ヶ月。この研究にかかる費用は自己負担とされた。どこか寝泊りできる場所はないかと頭を抱えていた私に、知り合いのアフロがとあるステイ先を紹介してくれた。
それが、ここだった。
「雑誌」
「自分で取りに来たらいいでしょ」
「んだよ、ケチ」
「この距離くらいは動きなさいよ!」
初めて会ったときはクールな人なのかと思った。まぁ私から見ても男前な方だろうし、ジムリーダーをしているということもあって、初対面のときは不覚にも素敵な人だと思ってしまった。こんな人とこれから一ヶ月の生活を共にすることになるなんて、と、痛々しい妄想までしてしまった始末だ。それが、こんな……怠惰の代表みたいな男だったなんて……。オーバが去り際に「ちょいメンドーな奴だけど、よろしくな」って言った理由が滞在二週間目にしてようやくわかったわ!まるでニートさながらの生活じゃないの!
「だいたいお前さぁ、住まわせてやってる俺に恩返しの一つもできないわけ?」
「私は家政婦として来たわけじゃないのよ!」
「はぁー……使えねぇな。そんなんだから研究も中途半端なんだよ」
彼の言葉は、私の中の何か大切なものを粉々にした。あぁもうこの際女性らしさなんてどうでもいい。私は怒りに任せて怒鳴り散らした。
「なんですってこのニート!」
「俺ニートじゃねぇし。ジムリーダーやってっから。研究とか言って引きこもってばっかのお前こそニートじゃねぇか」
「私はアンタがジムに行ってる間に外出してるのよ!その証拠にホラ!見なさいこの日焼けの差を!アンタの方がよっぽど引きこもりよ!」
「お前わかってねーな。金髪青目と言ったら色白だろ。ポケモンの研究ばっかしてるから男の研究はお粗末なんだな」
「うるっさいわね!大きなお世話よ!」
だらしない上にデリカシーもないなんて!本当に信じられない!
オーバはどうしてこんな男と友達でいられるのかしら。仮に私が男だったとしても、絶対にこんな奴は友達にできないわ。
「住まわせてもらってる分際であーだこーだ言ってんじゃねぇよ。立場わきまえろ」
「食事作ったり洗濯したりしてるの私でしょ!掃除だって最終的には私がやってるじゃない!ここアンタの家なのに!」
「別にやってくださいなんて頼んでねーよ。全部お前が勝手にやってることだろうが。あれだろ、お前実はエロ本探したり俺の下着見たりして密かに楽しんでるんじゃねーの?この変態引きこもり女」
「なんですって!アンタの下着なんか見ても誰も得しないわよ!ていうか青と白のストライプに星のワンポイントってダサすぎじゃない?この童貞!」
「んだとテメェ!お前こそ処女のクセして黒いヒモパンとか無駄にエロい下着つけてんじゃねーよ!全っ然そそられねぇから!むしろ萎えるわ!」
「ちょっ、私の下着見たの!?」
「お前だって俺の見てんだろーが。あとお前さては上下ちぐはぐだろ。パンツエロいくせにブラはダッセーよな」
「サイッテー!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」
お互いを散々罵り合った後、私はポケモンと研究データの入ったカバンを手に持って、早足で玄関に向かった。ついに決心した。
「おい、どこ行くんだよ。逃げんのか」
「もうたくさん!こんな所出てってやる!」
「はっ!どこにでも行けよ。追いかけてなんかやんねーからな」
「誰もそんなの望んでないわよ!自意識過剰!」
「んだと!もうぜってー戻ってくんなよ陰湿変態処女!」
「言われなくてもそのつもりよ!」
こうして私は約二週間滞在した家を飛び出した。行き先なんて決めていない。ただ、とにかくこの男のいない所に行きたかった。

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