さよなら
「別れよ」
突然、彼女は言った。
呟くみたいに静かに、静かに。
「ナマエ…何言ってるの?」
「わたし達、もうダメだよ」
「まさか僕をからかってる?」
だったら怒るよ。
そう言ってみても、彼女の瞳は悲しみを映すことをやめなかった。
「ナマエ…」
「マツバとはもう一緒にいられないの」
「ナマエ、ナマエ!行くな…!」
「ごめんね、マツバ」
僕に背中を向けて歩いて行く彼女。
どうして動かないんだよ、僕の足。
今すぐ抱きしめたいのに。
振り返った彼女は小さく呟いた。
さよなら
「いやだ!」
目を覚ますと、朝を伝える光がカーテンの隙間から覗いていた。
夢、だったのか…。
自分の頬を伝う水滴を拭いながら、ナマエに電話をかけた。
夢の中でも逢いたくて
最近、少し悩んでいることがある。
きっと誰にも解決できない悩み。
ただ、ナマエだけはもしかしたらなんとかできるかもしれない。
「今日は一日中そばにいてくれないかな」
「一日中?」
「うん。家にいる時間、そうじゃない時間…お風呂入ったり、寝る時もね」
「…………………トイレは?」
「そ、それはさすがにいいよ…」
ナマエは少し考えていた。
「わかった。今日一日、一緒にいるよ」
「本当かい?ありがとう」
「でも、突然どうしたの?」
「…………実は、ね」
僕はナマエに悩みを打ち明けた。
笑われるかもしれない、はたまた気持ち悪がられるかもしれない。
だけど、僕にとってはとても大切なこと。
「何それ、マツバって意外に可愛い」
「可愛いって…これでも本気で悩んでるんだ」
夢の中でも逢いたくて
最近の僕の夢にナマエが出ないってこと。
一日中そばにいれば、夢に出るかもしれないと思ったんだ。
嗚呼、エロス
エンジュシティのジムリーダーにして千里眼を持つ男、マツバ。
彼は何を考えているかよくわからない。
「僕の考えが読めない?」
「うん」
「そうかな」
「そうだよ」
いつもあまり変わらない表情をしているし、自分の身の上話をほとんどしない。
「僕のこと、知りたいの?」
「は?」
「君になら、いろいろ教えてあげるけど」
どうする?
彼は目を細めて笑った。
「遠慮しておく」
「それは残念だ」
あれ、なんだろう。
鼓動が速い、顔が熱い。
胸が、苦しい。
嗚呼、エロス
わたしはあなたの矢に射抜かれた。
ミッドナイトラブストーリー
四方八方が暗闇で支配されている。
それは自分のジムのよう。
そんな暗闇の中に浮かぶ、四角い光。
「また夜更かしかい」
「いつもマツバを待ってるの」
「先に寝ててもいいって言ったはずだよ」
暗闇の中での会話。
僕は四角い光が照らしているから彼女の顔が見えるけれど、彼女には僕の顔が見えない。
「マツバが一緒じゃないと眠れない」
「結婚してから毎晩夜更かししてる」
「だからマツバを待って…」
「身体に悪いよ。何よりお肌に」
ベッドで横になっている彼女に近づく。
幸いにも目が暗闇慣れしていて、物にぶつかることはなかった。
「これは没収」
「あ、ちょっと」
彼女の手から四角い光を放っている機械、もといポケギアを取り上げる。
「暗い所で使用するのはよくないよ」
「……な、によ…何よ、何よ何よ!」
光がなくなり辺りは完全に闇に包まれた。
彼女の顔はよく見えなくなったけれど、声が若干震えてるから、きっと泣いている。
「夜更かししてほしくなければもっと早く帰宅すればいいじゃない!」
「……仕事だから仕方ないん…」
「仕事仕事って…じゃあ、わたし達結婚した意味あるの……?」
あぁ目がようやく完全に慣れた。
彼女は泣いている。
それも大粒の涙。
「いつでも一緒にいられるようにって、マツバがプロポーズしてくれたんじゃない…なのにどうして、恋人だった時とあまり変わらないの?わたしはマツバと一緒にいたい。寝たい、起きたい。おやすみって言って、おはようって言って、寄り添いあっていたい……!」
「ナマエ…」
「それなのにマツバはまるでジムが家みたいにジムにいる時間の方が長い…ちょっとでも時間があるとホウオウホウオウって………んっ…」
いつにも増してよく言葉を発する彼女の口を自分のそれで塞いだ。
「ごめん、寂しい思いをさせてしまったね」
「ま、つ……ん…」
今までの隙間を埋めるように、何度も何度も休むことなく口づけた。
ミッドナイトラブストーリー
それからのこと?
彼女は僕と一緒にジムに来るようになった。
これでいつでも一緒にいられるようになったんだけど、一つだけ疑問が。
「どうして最初からこうしなかったんだい?」
「だってこのジム怖かったんだもん…」
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好きだなんて、どうしてそんなに簡単に言えるんだい?どうして恥じらわないで僕に抱きつけるんだい?僕は君に自分の想いを伝えるのさえ気恥ずかしいのに。ほら今だって、僕の心臓は君を感じて高鳴っている。
「マツバは優しいよね」
「そんなことないよ、普通じゃないかな」
そうは言ってみるけど、君にしか優しくしてないんだよ。君は気づいてないだろうけど、僕が特別優しくするのは君だからだ。他の子にはこんなに優しくしない。いや、できないんだ。君が僕を優しい気持ちにさせてくれるから。
「ねぇマツバ」
「なんだい?」
「マツバはさ…今みたいにわたしに抱きつかれるの、実は嫌だったりする?」
どうして君はいつもいつもそんな目を僕に向けるんだ。嫌なわけないじゃないか。君はこんなに近くにいるのに、僕の心臓の音が耳に入らないのかい?まったく、都合のいい耳をしている。
「嫌じゃ、ないよ」
「ほんと?よかった」
嬉しそうに笑って僕に抱きつく腕に力を込めた君。その背中に自分の腕が回せるようになるのは、あとどれくらい先のことだろうか。
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僕の勇気次第、かな