無機質な機械音が鳴り響く。わたしはポケギアを手に取った。電話がかかってきたのだ。
画面に表示された名前は、見慣れたあのひとのものだった。
「もしもし」
通話モードにしたポケギアから聞こえてきたのは、やはりあのひと、マツバさんの声だった。
彼に番号を教えてからというもの、二日に一回は必ず電話がかかってきている。頻繁にかけてきて、よく話題が尽きないものだ。
「もしもし、マツバだけど」
「ナマエちゃん?」とポケギアの所在を確認する声に、わたしは「もしもし」と応答した。
いつも思うのだけれど、ポケギアの所有者をわざわざ確認するのには意味があるのだろうか。このポケギアはわたしの物なのだから、わたし以外の誰かが出るわけ――と、そこまで考えて、わたしは思い直した。わたし以外の人が出たら、マツバさんはいったい、どのような反応をするのだろう、と。
「もしもし、ナマエちゃん?」
「違います」
声のトーンと調子を変えて言ってみると、電話越しに、マツバさんが「えっ」と声を漏らしたのが聞こえた。
「嘘だ、きみはナマエちゃんだろ?」
どうやら彼は確信を持って電話をしてきていたらしい。それなら、なおさら、どうして毎度まいど確認するのだろう。
なにはともあれ、今回はもう少し遊ばせてもらおう。
わたしが「人違いです」と言うと、マツバさんは少し沈黙したあと、「それなら、どうしてナマエちゃんのポケギアを持っているの」と尋ねてきた。ごもっともだ。
「あなたがかけ間違えたのではないですか?」
まだまだわたしは引き下がらない。
「そんな、まさか! 知らない人を登録するはずないじゃないか。数日前までは、この番号でナマエちゃんが応答していたんだ」
さすがマツバさんだ。何を言っても言葉を返してくる。それもこちらが納得せざるを得ない言葉を。
「それに」
なんとなく、電話越しに聞こえる声が近くなった気がした。先ほどよりも鮮明に聞こえる――ような、気がする。そう思うが早いか、わたしは背中に気配を感じた。
「今、きみのうしろにいるしね」
「えっ――」
恐る恐る振り返ると、わたしのうしろには、満面の笑みを浮かべたマツバさんが佇んでいた。楽しそうなその笑みがなんとなく怖い。
「やぁ」と電話越しに聞こえた声は、確実に、背後のマツバさんから発せられたものだった。
「なっ――なんですかこのホラー展開ッ!」
心臓が、悪い意味で、バクバクとうるさい。
喚くわたしの頭を撫でながら、マツバさんは「お茶でもどうかな」と笑みを深めた。双方のポケギアは、依然として通話モードだ。もう電話切ってもいいですよね。
2015-08-24 BACK